令和8年4月、治療と仕事の両立支援が努力義務に|中小企業の備え

令和8年4月、両立支援が事業主の努力義務に──中小企業は何から備えるか|株式会社キール
健康経営・労務リスク / 治療と仕事の両立支援

令和8年4月、両立支援が事業主の努力義務に──中小企業は何から備えるか

公開日:2026年7月16日 / 株式会社キール
この記事の結論
  • 令和8年(2026年)4月1日、労働施策総合推進法の改正で、事業主に「治療と仕事の両立支援」の努力義務が課されました。がんに限らず、脳卒中や難病など長期治療を要する疾患全般が対象です。
  • 国の中間評価では、がん治療を始める前に退職した人が58.3%。診断後、治療に入る前に、貴重な人材が職場を離れている現実があります。
  • 産業医のいない中小企業ほど、公的な無料資源(産業保健総合支援センター・地域産業保健センター・両立支援コーディネーター)が力になります。自社に体制がなくても専門家につなげます。
  • 両立支援は福祉ではなく人材リスクへの備え。ISO31000でいえば、まず制度で低減し、残る収入減などのリスクを保険で移転する──この順序が肝心です。

2026年7月、厚生労働省のがん対策推進協議会が「がん対策推進基本計画(第4期)中間評価報告書」を公表しました。この中に、経営者が見過ごせない一つの制度変更と、いくつかの重い現実が記されています。順に読み解きます。

1. 令和8年4月、何が変わったのか

労働施策総合推進法の改正により、令和8年(2026年)4月1日から、事業主に対して治療と仕事の両立支援に取り組む努力義務が課されました。国はあわせて、適切かつ有効な実施のための指針を策定・公表しています。

努力義務なので罰則はありません。ただ、「制度がないのが当たり前」という前提は、もう通らなくなったということです。対象はがんだけではありません。脳卒中、心疾患、難病など、長期にわたる治療と就労の両立が必要な状況が広く射程に入ります。従業員が5人でも50人でも、いつ直面してもおかしくないテーマです。

POINT努力義務でも、採用競争力・定着率・従業員からの信頼という点では、すでに「実質的な標準」になりつつあります。取り組みの有無が、静かに会社の評価を分けはじめています。

2. なぜ重要か──治療の前に、人材が離れている

報告書の数字は、良い面と悪い面の両方をはっきり示しています。まず、重く受け止めるべき数字から。

出典:がん対策推進基本計画(第4期)中間評価報告書(令和8年7月)。ベースライン=平成30年度、測定値=令和5年度。
指標ベースライン中間測定値
がん治療の開始前までに退職した者の割合(退職者のうち)56.8%58.3%
治療開始前に、就労継続について説明を受けた患者の割合39.5%44.0%(半数未満)
治療と仕事の両立のための勤務上の配慮がなされている割合65.0%74.5%

診断を受けたあと、治療を始める前の段階で職場を離れている人が、退職者の約6割にのぼります。治療の見通しを知る前に、会社に相談する前に、離職という重い決断が先に来てしまっている。就労継続について説明を受けられた人も、いまだ半数に届きません。ここには、会社が早い段階で関わっていれば、続けられたかもしれないケースが少なからず含まれていると考えられます。

一方で、明るい変化もあります。勤務上の配慮がなされた割合は65.0%から74.5%へ改善。支援の受け皿も広がっており、両立支援コーディネーターの研修修了者は28,660人(令和6年度まで)に増え、がん相談支援センターの就労相談件数も32,885件(令和5年)に達しています。支援の仕組みは育っている。届け方に、まだ穴がある──そう読むのが正確です。だからこそ、備えが法でも求められるようになったのだと言えます。

3. 中小企業はどう捉えるか──「人材リスク」として

熟練した従業員が長期の治療で離職することは、採用と教育のコスト、そして現場に蓄積したノウハウの損失を伴う、明確な経営リスクです。だからこの話は「福祉」ではなく「人に関するリスクへの備え」として捉えるべきだと、私たちは考えています。

リスクマネジメントの国際規格ISO31000の考え方に沿えば、順序はこうです。まず、両立支援の制度と運用でリスクを低減する。就業規則の整備、相談窓口の明確化、産業医や産業保健総合支援センター(さんぽセンター)の活用、両立支援コーディネーターの存在を知っておくこと。そのうえで、それでも残る収入減などのリスクを、保険という手段で移転する。低減が先、移転が後です。

4. リソースが限られる中小企業の、現実的な第一歩

大企業のような制度を一度に整える必要はありません。できることから始めれば十分です。

① 「辞める話」の前に、相談を受ける入口を決める

診断や長期治療の申し出があったとき、最初に退職の話にしない。誰が相談を受けるか、どこが窓口かを事前に決めておくだけで、初動は変わります。立派な制度より先に、相談を切り出しやすい空気をつくることが要です。

② 勤務配慮の「型」を用意する

短時間勤務、時差出勤、通院のための休暇、在宅勤務など、使える形で就業規則や運用ルールに落とす。選択肢が明文化されているだけで、従業員は相談しやすくなります。

③ 公的な無料資源を使う(産業医のいない会社ほど効く)

専門家を自前で抱える必要はありません。従業員50人未満の事業場なら地域産業保健センターが健康相談などを無料で提供し、産業保健総合支援センターは両立支援そのものを支援します。両立支援コーディネーターの養成研修も無料です。会社に体制がなくても、専門家につなげます。

POINT「立派な制度を作る」より、「辞める前に相談が来る」状態をつくるのが先。順番を間違えないことが、離職を止める近道です。

5. 保険は、あくまで「移転」の選択肢として

制度と体制で低減してもなお残るのが、療養中の収入減という経済的なリスクです。ここに対しては、就業不能時の所得補償といった保険が、リスクの移転という手段として選択肢になります。ただしこれは主役ではありません。主役は制度・体制であり、保険はそれを補う従の位置づけです。制度整備を飛ばして保険から入ると、肝心の低減策が抜け落ちてしまいます。

なお、治療と仕事の両立支援は、健康経営優良法人の認定項目そのものでもあります。今回の努力義務への対応は、そのまま健康経営の評価につながります。義務対応と経営の前進を、一本の線でつなげられるテーマです。

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よくある質問

努力義務ということは、まだ対応しなくても問題ないのでは?

罰則はありませんが、採用・定着・従業員の信頼という点で、取り組みの有無が会社の評価を分けはじめています。まずは相談の入口を決め、勤務配慮の型を用意するところから着手するのが現実的です。

産業医のいない小さな会社でも、両立支援はできますか?

できます。従業員50人未満の事業場は、地域産業保健センターや産業保健総合支援センターを無料で活用でき、両立支援コーディネーターの研修も無料です。自社に体制がなくても、専門家につなぐ形で対応できます。

何から始めればよいですか?

3つです。相談を受ける担当と入口を決める、時短・通院休暇などの勤務配慮を就業規則や運用ルールに明文化する、地域産業保健センター等の連絡先を控えておく。この初動が離職の抑止に直結します。

保険で備えておくべきでしょうか?

保険はリスクの移転として有効ですが、順序が大切です。まず両立支援の制度でリスクを低減し、残る収入減などのリスクを所得補償などで移転する。制度整備を飛ばして保険から入らないことをおすすめします。

真下 恭徳(ました やすのり)/株式会社キール 代表取締役
AIG損害保険 横浜ICAにて法人リスクコンサルティング(ISO31000)に従事。健康経営アドバイザー。「向かい風を、推進力へ。」を掲げ、神奈川県央の中小企業を、リスクの上流から支える。

出典:厚生労働省 がん対策推進協議会「がん対策推進基本計画(第4期)中間評価報告書」(令和8年7月)。本文中の数値はいずれも同報告書によります。制度・指針の詳細は、厚生労働省および都道府県労働局の公表資料をご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的とするもので、個別の法務・労務判断は専門家にご相談ください。