- 海外の保険会社・再保険会社は、詳細なリスク情報の開示を前提に引き受けの可否を判断します。金融庁のレポートには、日本の消防法を守っただけでは海外の(再)保険会社の引受基準を満たせない場合が多い、という実務からの指摘が収められています。
- 法令の基準と保険の基準は、目的が違います。法令は社会の安全を守る最低ラインであり、保険の基準は損害を防ぐ観点からの上乗せです。「法令は守っている」と「保険が付く」は、別の問いだということです。
- 従来使われてきた保険会社のリスクサーベイは防災・減災の助言を目的としたもので、引受判断用としては情報量が足りない——これも同レポートに収められた指摘です。今後は、企業が自ら情報を用意し、説明する場面が増えていきます。
- 中小企業の最初の一歩は、事業内容・資産構成・立地条件・サプライチェーン・リスク低減策の5項目を「リスク情報ファイル」として1冊にまとめることです。特別な資格も費用も要りません。
前回(第2回)は、免責金額や縮小てん補率など、保険の引受条件が変わる仕組みを見ました。では、その条件は何をもとに決まるのか。答えはリスク情報です。
詳細なリスク情報の開示を前提に、リスクに見合った条件で引き受ける——これがグローバル・スタンダードの原則でした(第1回)。つまりこれからの保険調達では、「どんな情報を、どれだけ出せるか」が条件を左右します。第3回は、金融庁の2026年保険モニタリングレポートに収められた外資系損害保険会社・再保険会社の実務の声(参考10)を手がかりに、求められる情報開示の水準と、中小企業が今日から整えられる備えを見ていきます。
「法令は守っている」と「保険が付く」は、別の問い
レポートに収められた指摘の中で、最も具体的なのが工場の設備の話です。
欧米では、建築関連の法令に加えて、米国の保険会社が定めた独自の安全防災基準——たとえばFMグローバル社のHPR(Highly Protected Risk)——が工場建設の事実上の標準(デファクト・スタンダード)になっており、スプリンクラーは必須の設備とされています。一方、日本の消防法は、工場においてスプリンクラーを必須設備とはしていません。その結果、消防法を遵守しただけでは、海外の(再)保険会社の引受基準を満たせない場合が多い——これが実務からの指摘です。
ここで大切なのは、消防法が劣っているという話ではない、ということです。2つの基準は、目的が違います。
| 法令の基準(消防法など) | 保険の基準(HPRなど) | |
|---|---|---|
| 目的 | 人命と社会の安全を守る | 損害の発生・拡大を防ぐ |
| 性格 | 全員が守るべき最低ライン | 引き受けの判断に使う上乗せの水準 |
| 満たすとどうなるか | 操業できる | 良い条件で保険を調達しやすくなる |
法令を守ることは出発点であって、到達点ではない。保険の世界では、その先に「損害をどれだけ防げる会社か」という別の問いが立っている——この構図を押さえておくと、これからの保険会社との対話が理解しやすくなります。
リスクサーベイだけでは、引き受けを判断できない
もう1つの指摘は、情報の中身に関するものです。
これまで、海外の(再)保険会社に日本企業のリスク情報を伝える際には、日本の損害保険会社が実施したリスクサーベイ(リスク調査)の結果が使われることが一般的でした。しかしレポートによれば、このサーベイは企業への防災・減災の助言を目的として設計されたものであり、引受判断(アンダーライティング)用としては情報量が不足しており、(再)保険の引受可否が判断できない——海外の(再)保険会社からは、そう受け止められています。
防災・減災の助言という目的においては価値のある調査です。ただ、引き受けの判断という別の目的には、別の情報が要る。ここでも「目的の違い」が鍵になっています。そしてこの指摘が意味するのは、保険会社任せにせず、企業の側が自社のリスク情報を用意し、説明する場面が増えていくということです。第1回で見た「幹事の保険会社に任せておけば調達に悩まない」時代の終わりと、話は一直線につながっています。
① 工場・倉庫・作業場を持つ会社は、他人事ではない。HPRの話は大規模工場から始まっていますが、「防火・防災の設備と管理の水準が引き受けの判断材料になる」という原則は、建物の規模を選びません。スプリンクラーの有無だけでなく、消火設備の点検、可燃物の管理、電気設備の保守——日々の管理の質が情報として問われます。
② 発注元の基準は、下りてくる。元請けや発注元が保険調達のために防災水準の引上げを進めれば、構内で作業する協力会社や、部品を納める取引先にも、安全管理の水準や記録の提出が求められるようになります。
③ 情報は「守り」ではなく「攻め」の材料になる。前回見たとおり、リスクシェアの時代は、対策に取り組む会社が条件の面で報われる構造です。リスク情報を整えて自分から出せる会社は、その構造を味方にできます。
何を開示すればよいのか——5つの基本項目
では、具体的に何を用意すればよいのか。金融庁・経済産業省の検討会で整理された、精緻な引受判断の前提となる項目がそのまま骨格になります。事業内容・資産構成・立地条件・サプライチェーン・リスク低減策の5つです。中小企業の実務に翻訳すると、次のようになります。
- 事業内容——主な事業と売上構成。止まると最も影響が大きい業務・設備はどれか
- 資産構成——建物の構造・築年数・用途、主要な機械設備、在庫の内容と保管場所、車両
- 立地条件——拠点ごとの洪水・土砂・地震などのリスク。ハザードマップでの確認結果
- サプライチェーン——主要な仕入先・外注先・発注元。代替が利かない相手はどこか
- リスク低減策——消火・防火設備と点検記録、安全教育の実施記録、整理整頓・喫煙管理などのルール、設備の保守履歴、BCP(事業継続計画)の有無
ポイントは、「持っている」だけでなく「記録で示せる」状態にすることです。点検をしていても記録がなければ、引き受けの判断材料としては存在しないのと同じになってしまいます。日付入りの記録・写真・一覧表——形式は簡素で構いません。
今日からできる——リスク情報ファイルを1冊つくる
① まず1枚、会社の全体像シートから
5項目を各1枚、A4で5枚——最初はそれで十分です。完成度よりも、経営者自身の言葉で書かれていることに価値があります。書けない項目が見つかること自体が、リスクの棚卸しになります。
② 立地リスクは、ツールで今すぐ確認できる
立地条件の項目は、今日中に埋められます。キールの自然災害リスクチェックツール(無料・登録不要)で、拠点の住所から洪水・土砂災害などのリスクを確認し、結果をファイルに綴じてください。国のハザードマップと併せれば、立地の説明資料として機能します。
③ 更新のとき、自分から出す
つくったファイルは、保険の更新時に自分から提示します。第2回で見たとおり、適切な情報共有が行われれば、引受条件の厳格化ではなく適切な条件設定が可能になる——というのが金融庁のレポートが示した関係です。情報は、求められてから出すものではなく、条件の交渉を有利にするために自分から出すもの。この転換が、「リスクマネジメント能力を高める」の実践形です。
次回(第4回)は、視点を変えて「代理店」を扱います。募集管理態勢の高度化と、2026年度から始まる代理店の第三者評価制度——保険を任せる相手を、企業はどう見極めればよいのかを読み解きます。
よくあるご質問
事業内容・資産・立地・サプライチェーン・低減策の5項目を、保険会社に説明できる形に整える——ISO31000を基準に、貴社のリスクの棚卸しから文書化まで伴走します。
お問い合わせ・ご相談はこちら本記事は、金融庁「2026年 保険モニタリングレポート」(2026年8月公表)および金融庁・経済産業省「企業のリスクマネジメントの高度化に向けた検討会」報告書(2026年4月17日公表)に基づく一般的な情報提供であり、特定の保険商品の推奨・勧誘を目的とするものではありません。HPR等の基準の内容は各社・各機関の定めによります。制度・数値の内容は公表時点のものです。個別のご相談は、お問い合わせ窓口までお寄せください。

