法人リスクコラム | 労務・メンタルヘルス
- 精神障害を理由とする労災請求が、近年大きく増えています。背景には、職場の対人関係(上司とのトラブル・ハラスメント)の問題に加え、労災認定基準の改正や、ハラスメント防止措置の義務化といった制度面の変化があります。
- 従業員のメンタル不調は、労災請求や安全配慮義務違反による損害賠償など、企業にとって経営リスクに直結する時代になりました。これは規模や業種を問わない課題です。
- 本筋は、ハラスメントを生まない職場環境づくりと労働時間の管理(リスクの低減)です。そのうえで、なお残るリスクに備える——この順序が大切です。
「うちは小さい会社だから関係ない」——そう考えている経営者の方にこそ、知っていただきたい変化があります。精神疾患を理由とする労災の請求が、ここ数年で大きく増えているのです。これは特定の業界だけの話ではなく、人を雇うすべての企業に関わる、静かで確実なリスクの高まりです。
精神障害の労災請求は、なぜ増えているのか
厚生労働省の「過労死等防止対策推進協議会」では、過労死や精神障害に関する労災データの分析が継続的に行われています。その分析によれば、精神障害に係る労災の請求件数・認定件数は、いずれも年々増加しており、特に近年その伸びが目立っています。
出典:厚生労働省「過労死等防止対策推進協議会」資料(厚生労働省「過労死等の労災補償状況」データを基に作成)
注目すべきは、この増加が「会社が突然ブラック化した」という話ではない点です。厚生労働省の分析は、複数の要因が複合的に作用していると整理しています。職場環境そのものの問題に加えて、社会全体の環境変化や、制度の見直しが大きく影響しているのです。順に見ていきます。
増加の背景にある、3つの要因
労災と認定された出来事のうち、「対人関係」の伸びが最も大きく、特に「上司とのトラブル」が増えています。都道府県労働局に寄せられる「いじめ・嫌がらせ」「パワーハラスメント」の相談も高止まりしており、職場の人間関係に悩む労働者が多数存在することがうかがえます。
精神障害の労災認定基準が改正され、令和2年度に「パワーハラスメント」、令和5年度に「カスタマーハラスメント(顧客や取引先からの著しい迷惑行為)」が、労災認定の判断材料となる出来事の項目に加わりました。これにより、これまで表面化しにくかった事案が、労災請求につながりやすくなったと考えられます。
労働施策総合推進法の改正により、令和4年4月からすべての企業にパワーハラスメント防止措置が義務化されました。これに伴い、ハラスメントに対する社会全体の認知度が高まったことも、労災請求件数の増加につながったと考えられています。
つまり、労災請求の増加は「企業の労働環境が一斉に悪化した」結果というより、これまで見過ごされてきた問題が、制度の整備によって正しく可視化されてきた側面が大きいといえます。とはいえ、企業から見れば、対応すべきリスクが確実に増えていることに変わりはありません。
これは、すべての企業の経営リスクです
従業員がメンタル不調に陥り、それが業務に起因すると認められれば、企業は労災への対応を迫られます。さらに、職場環境に安全配慮義務違反があったと判断されれば、従業員やその家族から損害賠償を請求される可能性もあります。中小企業にとって、こうした事態は人材の損失だけでなく、財務面でも大きな打撃となりかねません。
建設業や運輸業のように長時間労働が課題となりやすい業種はもちろん、対人業務の多い医療・福祉、小売・サービス業など、業種を問わず、この課題と無縁でいられる企業はありません。
企業が取るべき備え ― まず環境改善、そして残るリスクへ
① まず、職場環境を整える(リスクの低減)
最も本質的で、最初に取り組むべきはここです。ハラスメントを生まない職場づくりと、適切な労働時間の管理です。
② それでも残るリスクに、備える
環境整備を尽くしても、対人関係のトラブルや不調を完全にゼロにすることはできません。だからこそ、万が一の事態に備えて、使用者としての賠償責任や、労災の上乗せといった備え(リスクの移転=保険など)を、自社の実態に合わせて整理しておくことにも意味があります。
キールは、ISO31000をベースにリスクを扱う立場から、職場のリスクの洗い出しから、防止体制の考え方、なお残るリスクへの備えまでを、中立的に整理するお手伝いをしています。特定の商品を勧めるのではなく、まず自社にどんなリスクがあり、何から手を打つべきかを一緒に考えます。
- 精神障害の労災請求は近年大きく増加。「対人関係」を出来事とする決定件数は令和2年度から令和6年度で約3倍に。
- 背景は、ハラスメントの顕在化、認定基準への「パワハラ」「カスハラ」追加、防止措置の義務化による認知向上の複合。
- 業種・規模を問わない経営リスク。まず職場環境の改善(リスクの低減)、そのうえで残るリスクに備える、の順序で。
本記事は、労務リスク・メンタルヘルス対策に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品その他の金融商品の勧誘を目的とするものではありません。個別の労災認定や法的判断については、所轄の労働基準監督署、社会保険労務士、弁護士などの専門家にご相談ください。
よくあるご質問(FAQ)
はい。令和4年4月から、中小企業を含むすべての企業に、パワーハラスメント防止措置が義務化されています。相談窓口の設置や就業規則への方針明記などが求められます。
令和5年度に、精神障害の労災認定基準の「出来事」の項目に「カスタマーハラスメント(顧客や取引先等からの著しい迷惑行為)」が追加されました。一定の要件を満たせば、労災として認定される可能性があります。判断は個別の事案によりますので、詳しくは労働基準監督署にご確認ください。
業務に起因すると認められれば労災の対象となり、加えて職場環境に安全配慮義務違反があった場合には、損害賠償責任を問われる可能性もあります。まずは不調を生まない環境づくりが、最大の備えになります。
まずは自社にどんなリスクがあるかを把握することからです。労働時間の実態、相談体制の有無、ハラスメント研修の実施状況などを点検し、優先順位をつけて手を打っていきます。キールでは、この洗い出しから中立的にお手伝いしています。
- データ出典:厚生労働省「第32回 過労死等防止対策推進協議会」資料(資料2 過労死等労災事案の増加の要因について/厚生労働省「過労死等の労災補償状況」のデータを基に厚生労働省労働基準局にて作成)
- 本記事の数値は上記資料に基づく概数です。最新かつ正確な情報は、厚生労働省の公表資料をご確認ください。

