SUMMARY 記事のまとめ
従業員を海外出張に送り出す企業は、労働契約法に基づく「安全配慮義務」を負います。これは国内勤務と同じく、出張先での事故・病気・治安リスクから従業員を守るための法的な責任です。本記事では、安全配慮義務とは何か、海外出張で特に問われる理由、そして企業が整えるべき備えを、リスクマネジメントの視点からわかりやすく解説します。
「安全配慮義務」とは何か
POINT
安全配慮義務は、労働契約法第5条に定められた企業の法的責任です。契約書に明記がなくても、労働契約を結んだ時点ですべての企業がすべての従業員に対して自動的に負う義務です。
従業員の海外出張を計画するとき、多くの企業がフライトや宿泊、商談の段取りには気を配ります。しかし、その従業員の「安全」を守る法的責任が企業にあることは、意外と見落とされがちです。その根拠となるのが、労働契約法第5条に定められた「安全配慮義務」です。
労働契約法 第5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
条文はシンプルですが、ここには重要な意味が込められています。企業が押さえておきたいポイントは、次の3つです。
なぜ「海外出張」で特に問われるのか
POINT
海外出張は日本の拠点に籍を置いたままの勤務のため、国内勤務と同様に安全配慮義務が及びます。むしろ、国内では想定しない多様で不確実なリスクがあるぶん、より高い水準の配慮が求められます。
「海外でのことだから、会社の責任は及ばないのでは」と考えるのは誤解です。海外出張は、日本の拠点に籍を置いたまま海外で勤務する形態のため、国内勤務と同じく安全配慮義務が及びます。過去の裁判でも、出張か駐在かを問わず、海外勤務者が現地で安全・健康に働けるよう企業が安全配慮義務を負う、という判断が示されています。
そして海外には、国内では想定しないリスクが潜んでいます。外務省の統計でも、海外で日本人が巻き込まれる事案は年間1万件を超え、特に「傷病」と「犯罪被害」が多く、地域別ではアジアと欧州で件数が突出していると報告されています。具体的には、次のようなリスクが「予見できる危険」として問われ得ます。
| リスクの種類 | 海外出張で想定される具体例 |
|---|---|
| 移動・事故 | 現地での交通事故、慣れない交通事情、長距離移動中のトラブル |
| 医療・健康 | 感染症、現地の食事や水による体調不良、持病の悪化、高額な医療費 |
| 治安・犯罪 | 強盗・スリなどの犯罪被害、テロ、政情不安に巻き込まれる |
| 過重労働 | 時差や過密スケジュールによる心身の負荷、いわゆる弾丸出張の連続 |
注意したいのは、過重労働の観点です。時差のある中での過密な弾丸出張が続き、心疾患やメンタル不調を招いた場合、いわゆる過労死ラインを超えていなくても、義務違反が問われるケースがあると指摘されています。「移動が多いだけ」と軽く考えず、出張者の負荷にも目を配ることが大切です。
義務を怠ると、企業は何を問われるのか
POINT
安全配慮義務を怠り、出張中の従業員が事故や健康被害に遭った場合、企業は損害賠償だけでなく、社会的信用の失墜という重いダメージを負う可能性があります。
万が一、必要な配慮を怠ったまま従業員が海外出張中に重大な事故や健康被害に遭った場合、企業は次のような責任を問われる可能性があります。
安全を守る契約上の義務を果たさなかったとして(債務不履行)、あるいは会社の過失として(不法行為)、従業員やご遺族から損害賠償を求められる可能性があります。
極めて悪質な安全管理の欠如があった場合には、代表者や管理担当者が刑事上の責任を問われるリスクもゼロではありません。
労務関連の法令違反で公表に至れば、企業名が広く知られ、採用・取引・ブランドへの影響など、金銭では測れないダメージにつながります。
重要なのは、法律や規則が定めるのは「最低水準」にすぎないという点です。最低限を満たしていても、リスク評価や対策が不十分と判断されれば、義務違反とされる可能性があります。つまり「何もしていなかった」だけでなく「対策が甘かった」ことも問われ得るのです。
企業が整えるべき「3つの備え」
POINT
安全配慮義務を果たす鍵は「危険を予見し、回避する」こと。出張前の情報提供、緊急時の連絡体制、そして万一に備えたリスクの移転——この3段構えで考えると整理しやすくなります。
では、企業は具体的に何を整えればよいのでしょうか。安全配慮義務の核心は「危険を予見し、回避措置を講じる」ことにあります。これを、出張の時間軸に沿って3つの備えに分けて考えてみましょう。
渡航先の治安・医療事情・感染症情報を事前に把握し、出張者へ共有します。外務省の海外安全ホームページの確認、渡航先の緊急連絡先や医療機関の把握、過密スケジュールになっていないかのチェックが基本です。「知らせていなかった」をなくすことが第一歩です。
現地で事故や病気が起きたとき、誰に・どう連絡し、会社がどう動くかを事前に決めておきます。時差を考慮した連絡ルート、安否確認の手段、現地で頼れる窓口を明確にしておくことで、初動の遅れを防げます。
どれだけ予防しても、事故や急病をゼロにはできません。高額な医療費や緊急移送など、自社だけでは負いきれない経済的リスクに対しては、保険などによる「リスクの移転」を備えの選択肢として検討する価値があります。
この「予見 → 回避 → 移転」という考え方は、国際的なリスクマネジメントの規格であるISO 31000の枠組みとも重なります。予期できるリスクは未然に防ぎ、それでも起こり得る事態には備えておく——これが、トラベルリスクマネジメントの基本的な発想です。
まとめ:従業員の安全は、企業の「義務」であり「信頼」
ここまで、海外出張における企業の安全配慮義務についてお話ししてきました。要点を振り返ります。
- 安全配慮義務は労働契約法第5条に基づく、すべての企業の法的責任
- 海外出張にも当然及び、国内より高い水準の配慮が求められる
- 怠れば損害賠償・刑事責任・社会的信用の失墜につながる恐れがある
- 法令は「最低水準」。対策が不十分でも義務違反を問われ得る
- 「予見 → 回避 → 移転」の3段構えで、出張前から備えることが大切
従業員の安全を守ることは、法的な義務であると同時に、安心して挑戦できる環境を整えるという、企業から従業員への信頼の証でもあります。株式会社キールは「向かい風を、推進力へ」をフィロソフィーに掲げ、ISO 31000の考え方に基づくリスクコンサルティングで、企業の海外展開を支えています。
よくあるご質問(FAQ)
Q1. 短期の海外出張(数日程度)でも、安全配慮義務は発生しますか?
はい、出張の長短にかかわらず発生します。安全配慮義務は労働契約に付随して当然に生じる義務であり、滞在日数で免除されるものではありません。むしろ短期出張では「慣れない土地に着いた初日のトラブル」や「タイトな日程による負荷」が起こりやすく、短いからこそ事前の情報提供と緊急時の体制づくりが重要になります。日数の長短ではなく、渡航先のリスクの大きさに応じた配慮を考えることが大切です。
Q2. 正社員以外(契約社員・パートなど)の出張にも、義務は及びますか?
はい、雇用形態を問わず及びます。安全配慮義務は労働契約を結ぶすべての従業員に対して負うものであり、正社員だけでなく契約社員・パート・アルバイトも対象です。また、状況によっては、下請け企業の社員に直接指揮を執る場合に、その社員に対しても配慮が求められることがあります。「誰を海外へ送り出すか」にかかわらず、安全への配慮は必要だとお考えください。
Q3. 何から手をつければよいか分かりません。最初の一歩は?
まずは「自社の海外出張の現状を把握すること」から始めるのがお勧めです。誰が・どの国へ・どのくらいの頻度で出張しているかを整理し、渡航先のリスク情報を確認することが、危険を「予見する」第一歩になります。そのうえで、出張前の情報提供のルールや、緊急時の連絡体制を少しずつ整えていきます。自社だけで進めるのが難しい場合は、リスクマネジメントの専門家に相談しながら、現状に合った体制を一緒に設計していく方法もあります。
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