- 台風・大雨の日の業務運転で最も大切な備えは、「上手に走る」ことではなく、「走らせない・迂回する」と判断できる仕組みです。ISO31000でいう「リスクの回避」を、会社の基準として持つことが主役になります。
- 冠水した道路は、見た目より危険です。JAFの実験では、水深30cmでも速度を上げるとエンジンルームに多量の水が入り、水深60cmではセダンは走りきれませんでした。国土交通省によれば、水深がドアの下端にかかると水圧でドアが開けにくくなり、ドアの高さの半分を超えるとほぼ開けられなくなるとされています。
- 周囲より低いアンダーパスは全国に約3,700箇所あり、急激に水が集まる構造です。しかも1時間50mm以上の短時間強雨の発生回数は、この数十年で約1.5倍に増えています(出典:気象庁等)。
- 「行くか・戻るか」を現場の個人に委ねると、無理が起きます。中止・迂回の基準を事前に決め、中止しても責めない文化をつくることが、会社の備えです。尽くしても残るリスクには移転(保険など)も組み合わせます。
台風・大雨の日、「走らせない」も経営判断。冠水リスクと、運行中止を決められる会社の備え
9月、台風の季節が本格化します。このシリーズでは、雨の日の走り方(第9回)を取り上げましたが、台風や記録的な大雨の日に問われるのは、その先の判断です——そもそも、走らせるべきなのか。
結論から申し上げると、悪天候時の最大の備えは、運転技術ではなく「中止・迂回を決められる仕組み」です。ISO31000の「回避・低減・移転・保有」(避ける・減らす・移す・受け入れる)でいえば、これまでの回の主役は低減でしたが、台風・大雨に限っては、回避——危険な運行そのものをやめる判断——が主役になります。そしてこの判断は、現場のドライバー個人に委ねるべきものではなく、会社があらかじめ基準として持っておくべきものです。
出典:JAF「冠水路走行テスト」、国土交通省「道路の冠水対策」等。数値は実験・公表資料に基づくもので、車種・状況により異なります。
本コラムは、不安を煽るためのものではありません。「向かい風を、推進力へ」——向かい風が強すぎる日は、無理に帆を張らない。その判断ができることも、強さの一つです。
課題の深掘りと、見落としがちなリスクの可視化
なぜ「走らせない判断」がそれほど重要なのか。三つの観点で整理します。
冠水路の怖さは、見た目では深さも危険も分からないことです。JAFの実験では、水深30cmでも、速度を上げるとエンジンルームに多量の水が入りました。水深60cmでは、フロントガラスの下端まで水をかぶり、セダンは登りの途中でエンジンが止まって走りきれませんでした。「このくらいなら行ける」という感覚は、あてになりません。濁った水面の下に何があるかも見えません。冠水した道路には入らない——これが唯一の確実な答えです。
国土交通省によれば、水深がドアの下端にかかると、水圧で内側からドアを開けるのが難しくなり、ドアの高さの半分を超えると、ほぼ開けられなくなるとされています。つまり冠水路で車が止まると、車の故障では済まず、乗っている人が閉じ込められる危険に直結します。特に、線路や道路の下をくぐるアンダーパスは、周囲より低いために急激に水が集まる構造で、全国に約3,700箇所あります。万一に備え、窓を割って脱出するためのハンマーを、運転席から手の届く場所に備えておくことも大切です。
短時間の激しい雨は、増えています。1時間に50mm以上の雨の年間発生回数は、統計を取り始めた頃の10年平均・約226回から、直近10年平均・約334回へと、約1.5倍になっています。一方で、悪天候でも業務がある建設・警備・配送などの現場では、「お客様が待っている」「自分だけ戻れない」という心理が働き、判断を個人に任せると無理をしがちです。中止や迂回を「会社の決めた基準による判断」にしておくことが、ドライバーを守り、結果として会社を守ります。
- 水深30cmでも、速度を上げるとエンジンルームに多量の水。水深60cmではセダンは走破できず(JAF実験)
- 水深がドア下端にかかるとドアが開けにくくなり、ドア高さの半分でほぼ開かない(国土交通省)
- 周囲より低いアンダーパスは全国約3,700箇所(令和7年3月末時点)
- 1時間50mm以上の短時間強雨は、数十年で約1.5倍に増加(約226回→約334回)
※出典:JAF「冠水路走行テスト」、国土交通省「道路の冠水対策」、気象庁・文部科学省「日本の気候変動2025」等。数値は車種・条件・年により異なります。
これらはすべて、「その道に入らない」「その日は走らせない」という判断で避けられるリスクです。問題は、判断の基準と権限が、事前に決まっていないことにあります。
嵐が来る前に。今日から整えられる「回避」の仕組み
台風は、地震と違って「来ることが事前に分かる」災害です。だからこそ、来る前に決めておけることがたくさんあります。会社として整えておきたい手順を挙げます。
1. 「中止・迂回の基準」を、天気が良い日に決めておく
大雨・暴風などの警報が出たら運行を見合わせる、冠水情報のある道路は迂回する、判断に迷ったら安全側に倒す——こうした基準を、誰が・何をもとに判断するかとセットで文書にしておきます。渦中に決めようとすると、業務の圧力に判断が負けます。あわせて大切なのが、「中止・引き返しの判断をした人を責めない」と明言しておくことです。安全側の判断が損にならない文化が、基準を機能させます。
2. ルート上の「水が集まる場所」を、事前に知っておく
アンダーパス、川沿いの道、周囲より低い道路——自社の営業・配送ルートのどこに冠水しやすい場所があるかを、平時に洗い出して共有します。自治体のハザードマップ(内水・洪水)は、その確認に使える公的資料です。「大雨の日はこの道を通らない」という迂回ルートまで決めておけば、当日は迷わず動けます。
3. 万一、冠水路で動けなくなったときの行動を共有しておく
それでも冠水に遭ってしまったら、車を捨てて命を守ることを最優先します。窓が開くうちに窓から脱出する、開かなければ脱出用ハンマーで側面の窓を割る——この行動と、ハンマーの設置場所を、全ドライバーに共有しておきます。車両の損害は、あとから何とでもなります。人は、そうはいきません。
そして、車両の水没や事業の中断といった、回避と低減を尽くしてもなお残る損害への備えとして、「リスクの移転(保険など)」を組み合わせておくことも、判断を支えます。「車両は守られている」と分かっていれば、現場は迷わず車を捨てて避難できます。移転の備えが、回避の判断を後押しする——この関係も、台風リスクの特徴です。
出発前の確認に。「交通事故データマップ」の活用
キールの交通事故データマップでは、天候(雨)や路面状態(濡れた路面)で絞り込んで、自社エリアで悪天候時に事故が多い傾向の場所を確認できます(第9回参照)。警察庁「交通事故統計情報のオープンデータ」(2019–2024)を独自に加工した、無料・登録不要のツールです。
台風・大雨の際の冠水箇所そのものは、自治体のハザードマップや道路管理者の情報をご確認ください。事故データマップは、平時からの「雨の日に弱い場所」の把握と、KY(危険予知)活動の材料としてご活用いただけます。表示は過去の統計に基づく目安であり、特定地点の将来の安全を保証するものではありません。現地の交通規制と最新の気象・道路情報を最優先にお願いします。
【無料・登録不要】天候・路面でも絞り込める「交通事故データマップ」はこちら 住所・現在地・地図タップで中心を指定 / 警察庁オープンデータ(2019–2024)これは保険の勧誘ですか?
いいえ。本コラムは、台風・大雨時の危険な運行を避ける(リスクの回避)ための情報提供です。残る損害への備えとして「リスクの移転(保険など)」に触れていますが、特定の商品をおすすめしたり、加入を促したりするものではありません。
どのくらいの水深から、車は危険なのですか?
一般に、車の床面が浸からない程度が走行の限界の目安とされ、JAFの実験では水深30cmでも速度を上げるとエンジンに多量の水が入りました。ただし実際の冠水路は濁って深さが分からないため、「冠水した道路には入らない」ことが唯一の確実な答えです。
運行中止の基準は、どうやって決めればよいですか?
気象警報や自治体の避難情報など、誰でも確認できる公的な情報を引き金にして、「この情報が出たら見合わせる・迂回する」という形で決めるのが実用的です。判断する人を決めておくこと、中止の判断をした人を責めないと明言しておくことも、基準を機能させる大切な要素です。
悪天候時の運行基準づくりや、車両・事業の備えの整理は、自社の業務実態と走るエリアに合わせて整えることで、いざというとき確実に機能します。「うちの基準をつくりたい」という経営者・安全運転管理者の方は、法人向けのご相談窓口からお気軽にお問い合わせください。
法人のお客様 お問い合わせ・ご相談はこちらISO31000を基準としたリスクコンサルティング / ご相談は無料です

